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2008年 贈る言葉・・・・

今年もPTA会長として

一人の父親として
人生の先輩として
子どもたちに何かを伝えたい

そんな気持ちで
お話してきました。


〜贈る言葉〜

卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。

ご来賓の皆様、本日はお忙しい中
ご臨席いただき、ありがとうございます。

僕がPTAの会長になってよかったと思えるのは
こちらにいる皆さんがここにいる子供たちの為に
陰日なたに多くの力を
注いで下さっていることがわかったことです。
本当に知ることができて良かったと思います。

保護者を代表して御礼申し上げます。

そして、先生方、職員の皆さん、
こうして子供たちが卒業できるのも
暖かいご指導とお力添えがあったからこそです。
これからも
かわらず子供たちを見守っていただければと思います。

そして保護者の皆さん
6年間は長いようであっという間ではなかったでしょうか
その間、PTA活動にご理解と
ご協力頂きありがとうございます。

引き続き、PTAOBとして、この学校の子どもたちのことを
見守ってあげてください。

さて、卒業生の皆さん、これから
大人への階段を一歩一歩上がっていくわけですが、
一つだけ、忘れないで欲しいことをお話します。

それはどんなことにも、本気でぶつかっていくということです。

もちろん、ここにいるみんなは
これまでも、いつも本気でした。
運動会、学芸会、その他学校行事では
真剣に一心に向き合っているそんな、みんなの顔をみることができ
PTA会長をやっていて、本当に良かったと思いました。

でも、あえて、みんなに覚えておいてほしいんです。
みんなに変わって欲しくない。

これから、いろいろな経験をしたり
知識を得ていくと

「これは本気でやってもムダなんじゃないか」
「そこまで本気にならなくても適当でいいじゃないか」
「そんな熱くならなくてもいいじゃないか」

悲しいかな、
大人に近づくにつれてこういう人が増えてきます。

本気をだして、失敗することを恐れて
はじめから逃げ道を作っている。
そんな人が増えていくのです。

人はサボっている人が大嫌いです。
手を抜いている人も嫌いです。

ひとはサボっている人を決して応援しません。

応援したくなるのは常に本気で何かに取り組んでいる人です。

みんなもスポーツ選手が真剣にぶつかっている
そんなところを見て応援したくなるでしょう。

なのに、人は思ったより弱く忘れっぽいのです。
わかっていても大人でも平気で本気を忘れます。

手を抜けば嫌われるけど
本気で、一生懸命やっている人は
みんなに応援してもらえるということなのです。

これから、大人に近づけば近づくほど
人は一人では生きていけない、
いろんな人に支えられ、
応援されて生きていると言うことを
が分かってくると思います。

人から応援してもらえることほど
ありがたいと思えることはありません。
支えてもらっていると思えることほど
幸せなことはないでしょう。

人から応援される人に必要不可欠な要素が
何事にも本気であること。
どんなときも本気を出すことです。

本気を出すと言うことは
応援されるだけではありません。

本気を出せば、
信じられない力を発揮して
たいていのことは叶います。

そして、本気を出したあとは、
楽しくて面白い。

本気でやったことというのは失敗してもうまくいっても
とても楽しく、気持ちのいいものです。とても大切な
かけがえのない経験です。

これから、いろんなことに悩んだり、壁にぶつかったときに
思い出してください、

自分は本当に本気だったかどうか。

もし本気を出したのなら、
きっと後悔はしないはずです。
もし、本気を出し切れなかったのであれば、
もう一度本気で向かっていってください。

どんなことでも本気です。

人が支えてくれるのは、応援してくれるのは
常に本気の人だけです。

ぜひ覚えておいてください。

そして、もう一つ
けして笑顔を忘れないでください。

楽しいから笑うんじゃない
笑顔だから楽しくなるんです。
これも絶対に覚えて置いてください

ご卒業おめでとうございました。

余談です・・・

実は、本番ではあがってしまい
「本気」を連発してしまいました。
上記はあくまで原稿です。

参列していた5年生の息子に
「本気が多かったけど
まあまあ、良かったよ」
といわれ、ほっとしました。
JUGEMテーマ:学問・学校


入学式のあいさつ

卒業式につづいて、入学式でも会長挨拶。
今年は長女が1年生なので、いいとこ見せたいと
1ヶ月くらい前から色々と考えていました。
思えば1年前、緊張しまくって臨んだはじめての挨拶
念のためと原稿を持っていったが、「前を見て話さなきゃ」
というプレッシャーのため、中途半端に紙を見て
かえって混乱してしまった。
30分以上時間をくれれば上がらずに話せるのに
3分の挨拶がいかに難しいかを痛感しました。

さて、卒業式を終えてしまうとすっかり緊張感が
なくなり、前日まで何を話すか決まりませんでした。
なんとか、夜には話すことをまとめ、ほっとして
当日も余裕がありました。

さて、本番です。
私のあいさつは校長先生のあと
出番を待つばかりでした。ところが・・・



私の話そうとしていたことを
校長先生が

話しているではありませんか・・・

ああ・・・
考えてみれば当たり前です。
私のテーマは「あいさつ」でした。
このテーマちょっと考えればかぶることくらい
考え付くだろうに、アホです。

もう、頭から煙がでそうになり
何とか子供たちに話をしました。

悲しいことに、家に帰って娘に
「今日、パパなんていってたか覚えてる?」
「えー、わすれちゃったよ!」

「・・・・」

そんなもんです。
期待した方がアホでした。

こんなことしゃべってきました。
↓↓

皆さん入学おめでとう
今日から、1年生です。

校長先生から挨拶について
お話が合ったけど、みんなわかったかな。

今日はもう一つ、あいさつをするときにとっても大事なことを
お話します。

それは、あいさつは相手より先にするということです。

朝起きたら、お母さんやお父さんより先に「おはよう」
学校に来たら、先生やお友達より先に「おはよう」

どんなときも、あいさつは自分から先に言うこと。

あいさつをされるととても嬉しいです。

嬉しいことはどんどん自分からやろう。
絶対に相手が言ってくれるのを待っていてはいけないよ。

覚えていてね。
これでお話を終わります。

今日はおめでとうございました。

贈る言葉

今日は僕がPTAの会長を務める小学校の卒業式でした。

卒業式といえば、会長祝辞。
入学式では準備不足で失敗したので
卒業式では完璧に・・・
ぜんぜん考える暇がありませんでした。
卒業生約160名が卒業証書を受け取る間に
必死で何をしゃべろうか考えていましたがダメでした。
ついに、順番が回ってきました。
もう開き直って、無心で壇上に上がったら

なんとか、話せました。
言いたいことは考えていたのですが
もう成り行きに任せてしゃべりました。

言いたいことは言えたように思います。
本心から伝えたかったことです。
僕がもし、この言葉を理解し
中学や高校生活をすごしていたら
きっと違った学生生活を送ることができたに違いない
そんな風に考えていたのでした。

来賓の皆さんや、保護者の方に
「挨拶よかったよ」と声を掛けていただき
心の底から、ほっとしました。

そんな、準備不足の状態で
こんな言葉を贈りました。
※実際とは内容が異なるかもしれませんが
大体こんなことをしゃべった気がします。
実際に聞かれた方は
「なんかちがうんじゃない?」とか言わないでください。
ご容赦下さい。

贈る言葉

卒業を迎え、中学校、そして大人への階段を
上がっていく皆さんに、一つだけお伝えしたいことを
お話します。

それは、今を一生懸命生きる。
大切に過ごす。
ということです。

皆さんには夢があるかもしれない、
目標があるかもしれない
でも、それをかなえるには、
今このときを積み重ねていくしかないのです。

人は、何かをするとき、自信がなければなにもできません。

自信とは、自分を信じる力のことです。

この自分を信じる力を得るために必要な
たった一つのことが
今、この瞬間を大切に生きるということです。

今を大切に出来ない人は自分を信じることは出来ない。
自信を持つことが出来ないのです。

あの、イチロー選手も、
決して簡単に夢をかなえたわけではありません。

一日一日を、一生懸命練習し、積み重ねたからこそ
あんなすごいプレーが出来るようになったのです。

今を一生懸命生きなければ夢はかなえることは出来ません。

今の積み重ねがみんなの未来です。
もし、困ったこと、悩み事が出来たとき
問いかけてみてください。
今、自分は一生懸命かどうか。

きっと答えを見つけるヒントになるはずです。
今を一生懸命に生きる。絶対に忘れないでください。

最後になりましたが、
皆さんへの贈る言葉とさせていただきます。
ご卒業おめでとうございます。



以上です。
卒業生はともてもいい顔をしていました。
歌を歌うときも、皆大きな声で精一杯歌っていました。
とても素晴らしい合唱を聞いて感動しました。

みんな、今、ここで、この瞬間を一生懸命でした。おめでとう!



出来れば知らないで済ませたい〜教室の悪魔

教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために
教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために
山脇 由貴子
読んでいるだけで、気分が悪くなってくる本です。
それだけ、いじめの現実はとても厳しく、恐ろしいものです。


まずは学校を休ませる

いい子ほど、自分がいじめられていることを親にばれないようにする

子どもとしっかり関わって、子どもに好かれる親ほど
いじめの現実を知らない

いじめは一人対クラス全員で行われる

今日いじめていた子が明日からいじめの対象になる

いじめている子はいじめることに麻痺し当たり前に感じてくる

いじめを続けるといじめを正当化するようになる

いじめがあったことを証明できるのは被害者の子、たった一人
いくら調査しても意味が無い、いじめられている子を信じなければいけない

学校とは決して敵対しない
責任問題といじめの解決は別の問題

子どもは知らないことがたくさんある分
純粋で、残酷だとおもいました。

他にも、一人の親として
知らなければいけないと思ったことがたくさんありました。

親なら読んでおいて、知っておいて損はしないと思います。
特に普段、子どもと関われない父親は必読だと思います。

お勧めです。


PTA会長です

今日のお話。

なんとなんと私が息子の学校の
PTA会長になってしまったのです。

まだ、始まったばかりであるにもかかわらず
いざ書こうとすると、文章力不足ゆえ
とりとめもなくなっていくのです。

そんなわけで、
何回かにわけてお話していきたいと思います。


お詫び・・・・
おそらく、息子の小学校のご父兄の皆さんもお読みになるかもしれないので
あまり詳細には触れられませんが(なんでだ?!特に意味はありませんただここで書くべき内容ではないからです。)

書きたいこと、すなわち、私の考えや心境などを残しておこうと
思います。

はじまりはじまり。

長男が今年で小学校4年生です。

この子が赤ん坊のころ、夜中に熱性痙攣を起こしたことがありました。

僕は腕の中でがたがたと震え、そして泡を吹いて
青ざめていく我が子を見て、生まれてはじめての恐怖を覚えました。

いざとなると全く冷静さを欠く自分を思い知ったのでした・・・・

この十年のなかで息子の誕生以外で一番鮮明に覚えていることです。

この10年、いろいろありましたが
あっという間。

同じ男ということで、どんな風に育てればいいのか?
常に考え、後悔ばかりでした。いや今も後悔の連続。

その後悔をせめて打ち消したいと考えています。

子供にはちゃんとした教育を受けさせたい。
先生はどんな人なのだろう
そんな風に考えていました。これを読まれている
お子さんがいるあなたも
きっと同じ思いに違いありません。

元来、人に教えをたれることが好きな性分です。
いわばおせっかいなのでしょう。分かってはいるけど
教えるとい立場に立った自分が
やけに燃えている、充実していることが
分かったのは大学のスキーサークルのころでしょうか。

教育には興味を持っていました。
教育関係の本も結構読みました。

だから先生と会いたいなあ・・・
息子の担任の先生はどんな人なのかなあ・・

企業で言えば社長に当たる校長先生と
話をしてみたい・・そんな風に考えていました。

ところが、なんと、そんな希望が
たいした苦労もしないでかなってしまいました。

お世話になっている地元の方に
「PTA会長やってみない」
と声を掛けていただいたのでした。
(厳密に言うと推薦していただきました)

PTA?

言葉はしっていましたが
何をするかはさっぱり。

僕のPTA会長のイメージは
金持ちの派手な教育ババア的な女性が
校長に文句を言っている

そんな学園ドラマの中の人物像でした。
それしかありませんでした。

しかし、しかしです。
保護者の中では最も先生に近づくことくらいは
無頓着な私でも即座に理解できました。

「神様・・・・」

私は二つ返事でOKしてしまいました。
(実際はちょっと考えている振りをしてみたりしました)

そして、校長先生と話をするという希望があっさりと
かなってしまったのでした。

私は運がいい。そう思いました。

繰り返しますが
まだ、そのころの私はPTA会長のことを
何も分かっていませんでした・・・・

つづく