夢中になる

 私は小学生の高学年から
中学2年生の終わりごろまで

野球に夢中でした。

本気で甲子園に出たいと思っていました。
(漫画のドカベンの影響なんですけどね)

中学の2年間は特に
部活と、自主練習のことしか
記憶にありません。

その間の家族との記憶が
ほとんど欠落しています。

毎朝、学校では朝連で走りこみと
筋トレをひたすらやらされました。

まさに、先輩によるしごきです。

授業が終わると練習があるのですが
私はキャッチャーだったので(これもドカベンによる)
いつもバッティング練習のキャッチャーで

ピッチャーからの球を
受けては返し
その繰り返し。

部活が終われば
仲の良かった友人と二人で
毎日10キロは走っていました。

当時はマラソンむちゃくちゃ早かった。

走り終わって帰ったら
毎日素振りです。
何回やっていたかは覚えていませんが
1時間くらいはやっていた気がします。

練習でしごかれるのは辛かったけど
人生の中で、あんなに夢中になったのは
あの頃だけだったような気がします。

とてもいい時間をすごしました。

自分の息子にも
そんな時期があってもいいのではと思っていました。

しかし、それほど夢中になれるものは
なかったようです。

ちょっと私とは違うタイプかなと
少し、残念な気もしながら、

でも子どもも、それぞれだなと


ところがです、
最近、ついに夢中になれる物を見つけたみたいです。

自宅に帰ってくると
毎日、ずーっと、やってます。

休みの日なんて何時間もずっと。

息子に許可を得ていないので
詳細は後日お伝えしますが

今回はかなり楽しいらしく
ホントに、毎日毎日やってます。
昔の自分を思い出しました。

そのせいか、
妻いわく、最近とても明るくなり
落ち着いてきたと言っています。
(ちなみに、息子は14歳
反抗期のど真ん中です)


親としては、
なんだか、とても嬉しく思う今日この頃でした。


親の責任

 子どもが、何かに向かってプラスの結果を出そうとするときに
もっているものって何だと思います?

やってやろうという気持ち、意欲だそうです。

確かに。

では、子どもが何をやってもだめなときって?

そう、意欲がないときです。

なんとなく気持ちが乗らない。
なんとなく集中できない。
よくわからないけど、ぜんぜん楽しくない。

誰もが経験したことのある気持ち、心の状態ではないでしょうか。

息子の成績が悪いとき
息子が勉強をしないとき

僕は怒鳴っていました。

もちろん、成績が悪いから怒っているのでない。
勉強しないから怒っているわけではないのです。

ただ、息子が自分でやると決めた勉強を
サボっているから怒っただけ。だから自分は間違っていない。

そんな風に考えていました。

しかし・・・

息子にとって何が原因なのかわからないのですが
意欲的に取り組むことができない心の状態にあったということは
考えもしませんでした。

意欲的になれない、集中できない
結果がついてこないとき、大人でもありますよね。

特に、こんなとき
こどもはSOSを出しているそうです。

そんな穴を埋めるのは親のサポート、愛情
だけだそうです。

愛情とは子どもの長所や短所をすべて受け入れて、認めてあげて
応援してあげることだと、どこかに書いてあったのを思い出しました。

親という生き物は
どうしても、子どもに対して期待し求めてしまう。

もちろん期待してあげることはいいのですが
それは、子どもが意欲的に何かに取り組んでいるときであり

そうでない場合は単なる重石にしかならないということを
常に気に留めておかなければいけないと
反省しました。

子どもの不調は親のせい。
子どもの健康も親しだい。

子どもが不振にあえいでいるとき
過ちを犯してしまったとき

そんなときこそ、たった一人のミカタでいてあげなければ
いけないんですよね。

親の責任はこの世の何よりも重いということでしょうか。

少し子どもに優しくなれそうです。

30年ぶりの坊主頭

  皆さん、「スキカル」って聞いたことあります?
約30年前、僕が中学時代に父が僕の頭を坊主に
するために使っていた電動バリカンです。
(ちなみに野球部だったので)

そのバリカンは僕の中学時代
しかも1、2年生の時だけ使われていただけで
その後は、かわいそうに誰にも使ってもらえませんでした。

ところが、30年ぶりに出番が来ました。
中二の息子が、なぜか突然
部活の仲間で坊主にすることになったから
切ってくれというのです。

ちゃんと動きました
錆びてもいないし、きれいなものです。

そして30年たった今も、全くその機能は衰えることなく
仕事してくれました。

息子の頭はすっきり丸坊主

息子のボウズ頭を見ていると
まだ赤ん坊の頃、かなり毛の薄かったころ
を思い出し、
「可愛かったなあ・・・」
とほのぼのしたのと同時に

自分の中学時代のボウズ頭も思い出しました。
なんだか懐かしくなってしまいました。

しかし、たった数千円のバリカンですが
30年たっても動くもんなのですね。
素晴らしく、エコロジーです。

自分の頭も坊主にしようかと言ったら
娘に絶対やめてと言われました。

誕生日

 昨日は、自分の43歳の誕生日でした。

妻と、子どもたちがお金を出し合って
僕が欲しいと思っていた
バッグをプレゼントしてくれました。

そして子どもたちが並んで
3人でハッピーパースデイを
演奏してくれました。

小4と小3の娘から
手紙も。
(女の子っていいですね。こういうところが・・・
息子からもらっても、ちょっと気持ち悪いですが・・)

良い誕生日でした。


父親の行動

 今朝、テレビを見ていたら
長島一茂と石原良純と小泉孝太郎の
対談番組をやっていました。

3人にとって、父親のことを
どんなふうに見ていたのか
非常に興味がわいてきたので
チャンネルを変える手を止めて
見入ってしまいました。

ここで3人が何を話していたかを
事細かに書くつもりはありませんが

石原良純が、子どもを持つと
子どもとの距離感を通して

自分と親の距離感が分かった

と言っていました。

4年前に亡くなった父のことを思い出しながら
確かに、そうだなあと。

子どもが生まれてからこれまで育ててきて

ことあるごとに、

「ああ、おやじはこんなことを考えていたのか」

「あのときの行動は、こういうことだったのか」

なんてことを感じてきました。

父は私のことを怒ったことがありませんでした。

自分は厳しい父親(私の祖父)に育てられ
いつも怒鳴られ、何かしら手伝わされていたと
話していましたが

私に、家事を手伝わせたことは一度もありませんでした。

家事を教えてくれたことはありましたよ。
でも、おまえやれとは言わなかった。

一緒に仕事をするようになってからも
自分のテリトリーはしっかりと守って
自分一人で仕事を進めていくので

私には父の仕事がさっぱりでした。

父が亡くなって初めて
父がやってきたことが
何かわかった気がしました。

父が亡くなった時
葬儀に駆けつけてくれた大勢の人たちに
お礼をして回った時

皆さんから、
「お父さんにはお世話になったんだよ」
と、ありがたいお言葉を頂きました。

なぜ、皆さんがそんな風に言って下さるのか
実はその時はあまりピンと来ていませんでした。

父は、私に
「お客様のために」とか「お客様に喜んでもらう」
なんて言葉は一度も話しませんでした。

どちらかというと自分中心の人という印象が
あったせいか、ぴんとこなかったのです。

この4年で
父がやってきたことをコツコツやってみて
父がなぜ多くの人に「お世話になった」と言われたのか
少しわかったような気がしました。

親の歩いてきた道は
自分で歩いてみないと同じ景色は見られない
ということなんでしょうね。

同じ子をやって初めて
何を考えていたのか、少しわかった気がしました。

改めて父に感謝した次第です。

来週もこの3人の対談が続くそうで
面白そうです。
楽しみです。